| ■ 本編 |
| 6分18秒 |
九郎義経に、、、 |
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対面を果たした時期にはいくつか説があり、平治物語では、奥州に向かう途中に伊豆に立ち寄ったとされています。また、この後、場面は富士川の戦いに移りますが、吾妻鏡では、頼朝がその戦いで平氏を敗走させ、追撃せずに黄瀬川まで戻ってきた夜に対面を果たしたとされています。 |
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| 6分26秒 |
九郎殿とやら、、、 |
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これまでの内容の復習です。 |
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| 7分48秒 |
義経様と頼朝様の初めてのご対面、、、 |
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義経は、頼朝の前へ進み出て、お互いに過ぎし日のことなどを語り合い、喜びの涙にくれたとされていますが、カットされています。 |
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| 8分51秒 |
我らが祖、八幡太郎義家公の奥州の陣へ、、、 |
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後三年の役の際、苦境に立った源義家のもとに弟義光が京都から駆けつけ助けたという話です。 |
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| 10分58秒 |
平泉から「ひえぬき」へ |
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稗貫:平泉の北、盛岡と花巻の間。現在の岩手県稗貫郡。 |
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| 13分18秒 |
これは義時殿、、、 |
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北条義時、北条時政(小林稔侍)の息子です。 |
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| 13分25秒 |
はじめて「ぎょいをえもうす」 |
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御意を得え申す:はじめましてということです。 |
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| 17分03秒 |
武田勢が平家を「きゅうしゅう」します |
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○:急襲
×:吸収
武田勢とは、頼朝が同盟を結んだ甲斐源氏の武田信義の軍勢のことです。 |
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| 17分12秒 |
水鳥が飛ぶ |
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このドラマでは、「義経が動いたから」みたいな演出になっていますが、本当は、武田勢が平氏勢の背後に回り込もうとしたところ富士沼にいた水鳥が驚いて飛び去ったとのことです。 |
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| 18分01秒 |
静まれー!!! |
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平氏勢は、寄せ集めの武士が多かったため、軍の統制がきかない状況でした。また、当時の西日本はたいへんな凶作と飢饉に陥っており多くの餓死者がでるありさまで、兵士や兵糧を集め遠征することは容易ではなく、途中で略奪する者あり、脱落する者あり、寝返る者ありといった散々な状況でした。さらに京都に近い近江辺りにまで源氏に味方する武士も出没するありさまで、退路を断たれる恐れもありました。つまり、この段階で頼朝、武田の連合軍に立ち向かえる状況ではなかったのです。だから、水鳥の羽音ごときで逃げ出してしまったのです。 |
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| 20分40秒 |
あなたは確か、、、 |
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(TBSのH2に出演していたのでしばらく姿を見せなかった)静? |
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| 23分01秒 |
「おかたさま」 |
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御方様:他人の妻を敬っていう語。 |
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| 24分09秒 |
政子アフレコ |
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「(あっ、ジャニーズ顔)」 |
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| 24分29秒 |
いや、あれじゃ |
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「(タッキー様に似ているなあって、いやいや)つまり九郎殿を、、、」 |
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| 35分12秒 |
その別当に、、、 |
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相模の武士である和田義盛を侍所の別当(長官)に任命しました。侍所は最初にできた幕府の政治機関です。 |
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| 36分12秒 |
私はこのままでもよいぞ、、、 |
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頼朝が鎌倉で着々と政権づくりを進める中で、義経は退屈な日々を過ごしていました。他の御家人が武士団を率いて頼朝のもとに馳せ参じ大きな貢献をしていたのに対し、なんの戦功もない義経は心細いものでした。これは、弟ということで特別扱いしてはこれまで自分のために働いてくれた御家人たちに示しがつかないという頼朝の配慮なのですが、「頼朝の弟」という自負が強かった義経にはそれを理解できず、心中穏やかではなかったはずです。しかし、ドラマではなんとも思っていないように描かれています。どうやらタッキー義経は頼朝の心中を察することができる「できた人物」のようです。だとしたら、いつの段階でどのように頼朝との間に思想のズレが生じていくのか、これからの放送が楽しみです。 |
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| 37分33秒 |
山あり海あり、、、 |
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現代の感覚では理解しがたい少々行き過ぎの「ゴマすりSHOW」が始まります。 |
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| 38分24秒 |
22歳に、、、 |
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ということは、頼朝は34歳です。 |
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