第18回 「清盛死す」(5月8日放送)

■ あらすじ箇条書き
義経の鎌倉での暮らしは、一見、平穏であった。しかし「兄・頼朝の傍で役に立ちたい」と駆けつけてみたものの、頼朝の周りは既に東国武士が固めており、居場所の無い義経は肩身の狭い思いをしていた。 
一方、京に戻った清盛は、ついえてしまった“夢の都”=福原への思いを抱きながら、失意の日々を送っていた。
そんなある日、久方ぶりに盛国の屋敷を訪ねて昔を懐かしんでいた清盛は、突然、意識を失って倒れてしまう。
高熱を発して病の床に就いた清盛は、「宗盛を自分亡き後の後継者とし、以後は宗盛と話し合って政(まつりごと)を執り行ってほしい」との思いを伝えるべく、後白河法皇のもとに使者を送る。しかし、すでに清盛を見限っていた後白河法皇は使者に何の返事も与えないまま帰してしまう。
そんな朝廷の態度を不審に思った時子は、法皇のもとに宗盛を赴かせるが、肝心の宗盛は法皇にうまく丸め込まれてしまい、何の言質も得られぬまま帰って来てしまう。
そして、周囲の者たちの必死の祈祷(きとう)や看病も及ばず、病状が悪化した清盛は六十四歳でその生涯を閉じる。
その夜、清盛の遺言により五足は蓬壺に火を放つが、その帰路、平家の者に殺される。
その数日後、後継者となった宗盛に平家の棟梁として一抹の頼りなさを感じていた時子は、一門が揃った席上、清盛の遺言を伝えるなかで、「頼朝の首をはねて墓前に供えよ」と“嘘”をつく。
その頃、義経は、頼朝と政子から「清盛死す」の知らせを受ける。 自らを縛っていた枷(かせ)が取れたことで、誰はばかることなく源氏の武士として存分に働くことができる ― 頼朝らの問いに毅然と答える義経だが、その胸中には複雑な思いが去来していた。

■ 前枠
0分25秒 日宋貿易
平家の富は宋(中国)との貿易でふくらみました。清盛は瀬戸内海航路を整え、貿易港を博多津(福岡県)から福原(兵庫県)に移して貿易を行い、利益をあげました。
57秒〜3分44秒 テーマ曲

■ 本編
6分48秒 NHK式の法則
1回の放送のアイドル枠の定員は1人。
だから上戸彩が去れば石原さとみ、石原さとみが去れば上戸彩。
ちなみに女性お笑い枠の定員は1人。今はオセロ中島。
7分21秒 どこか「じじょ」を、、、
○侍女:貴人などのそばに仕える女性。腰元。
×次女:姉妹のうち二番目に生まれた子。
8分28秒 上戸アフレコ
手古奈:「いいえ」
うつぼ:(シャー!)
8分29秒 上戸アフレコ
手古奈:「ただ、、、」
うつぼ:(エー!)
8分40秒 上戸アフレコ
手古奈:「弁慶様には、そういうお方が、、、」
うつぼ:(シャー!)
12分20秒 からだ中が、まるで焼けたクロガネのように、、、
水風呂に入ると、水がお湯になってしまうほどだったと言います。
また、清盛の8〜9m以内にいると、その熱気に耐えられなかったと言われています。

病気にはいくつか説があります。
・急激に発熱し短い期間で死んだことからマラリア説。
・清盛と親しかった藤原邦綱も同じ時期に発症したことから感染症説。
・2月だったので風邪から肺炎説。
15分57秒 すばく
寸白:サナダムシ、または、サナダムシによって起こる病気。
19分07秒 もったいのう存じまする、、、
法皇は、平知智、丹後局らとはかり、清盛亡き後の平家は、自分たちの意のままに動く宗盛に継がせることが得策と考えていました。法皇の本心を見抜けぬ宗盛は自分への期待の高さに喜び、打ち震えました。
27分18秒 閏2月4日の「うるう」とは?
旧暦の1年は約354日となり、実際の1年より11日ほど短くなってしまいます。
このため約3年に1度、「閏月」を作り、1年13ヶ月となる年を設けることで調整しました。
今は、閏年というと2月が29日まであり、1年が366日となる年のことですが、
旧暦では閏月の入る年を閏年といいました。
閏月の入らない年は1年が353日〜355日、閏年は384〜385日になりました。
31分50秒 五足の死について
清盛が五足に遺言を告げるシーンもなく、またなぜ平家に殺さなければならなかったのかも、いまいちよくわからない展開でした。以下に当初予定されていたシナリオを紹介しますが、実際の放送に比べシーンが多くなるので変更されたのかもしれません。しかし、個人的には当初のシナリオの方がむしろよかったのではと思います。

清盛の容態が悪化するなか、清盛は五足を枕元に近づけ耳打ちをする。

五足が去った後、時子が近づいて清盛に問いかける。

清盛は時子に答えたが、清盛の口はかすかに動いただけで、
傍らにいた者たちには伝わらなかった。

3日後清盛は死去。

その夜、蓬壺から火が上がり、その騒ぎのなか、不審者として五足が捕らえられる。

時子の問いかけに五足は清盛に頼まれて火をかけたことを告白する。

五足は火付けの罰を受ける前に
清盛が福原に忘れてきた数珠を取りにいかせてほしいと懇願し、許される。

しかし、福原の清盛邸は盗賊にあらされており、
握り締めた数珠を宝物と勘違いした盗賊によって五足は命を奪われる。
40分40秒 そしてその首をはねて、墓前に供えよ
ドラマでは、時子が嘘をついた形になっていますが、
通常は、「頼朝の首を墓前にそなえるのを、なによりの供養だと思え」と、
清盛自ら遺言し、この世を去ったという説が主流です。

■ 後枠
義経紀行〜京都・西八条第跡〜

若一神社への行き方
JR京都線「西大路」下車 徒歩5分
市バス「西大路八条」下車


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