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平家追討の総大将を命じられ、出陣を前に勇み立つ義経。そんな義経の姿を目にして弁慶ら郎党も喜ぶ。 |
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屋島攻めの軍目付には、鎌倉の命によって梶原景時が差し向けられる。 |
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着々と出陣の準備が進む中、義経を再び戦場に送り出す静の心中には複雑な思いが渦巻いていた。 |
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出陣の日、一ノ谷の戦いで知り合った猟師の鷲尾三郎と妹・まごめが義経を訪ねて屋敷へやって来る。 |
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まごめの「兄を家来にして欲しい」という突然の言葉に驚いたものの、理由を知った義経は兄妹の願いを聞き入れて鷲尾三郎を家来に加える。 |
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「三郎が二人になっては困る」という伊勢三郎の言葉もあり、以後、鷲尾三郎は幼い頃の呼び名、『熊』と呼ばれることになる。 |
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一方、義経出陣の報は平家方にも届き、宗盛や知盛らは警戒を強めて護りを固める。 |
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そんな中、義経の妹・能子の様子がおかしいことから、「義経と通じて屋島攻めに手を貸すつもりなのではないか」と疑いがかかる。実は、能子は母・常盤の死を知ってふさぎこんでいたのだった。 |
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義経一行は摂津で景時と合流するが、船の数が思うように集まらず、屋島攻略が困難であることを知る。 |
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三郎や次郎らの偵察により独自の情報を得た義経は、船で阿波に渡った後に陸路を進んで背後から屋島の平家軍を攻めようと考えるが、軍目付の景時は強く抵抗する。 |
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我が身や家臣の危険も顧みずに進もうとすることや、万一に備えた撤退手段の確保も行わない理由など、従来とは異なる義経の戦略や考え方は、景時のような武士には理解できないものだった。 |
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両者の意見は平行線を辿り、ついに義経は景時の反対を押し切って嵐の中の船出を決意する。「無駄死になさるおつもりか」と問う景時に、義経は「勝つためだ」と答える。そして、義経と百五十騎の兵を乗せた五艘の船は、荒れ狂う海へと漕ぎ出して行く。 |