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義経は、鎌倉入りすることも、兄・頼朝との対面も果たせぬまま、平宗盛と息子・清宗を護送して都への帰途に就く。義経の胸中には、頼朝に対する疑念が芽生え始めていた。 |
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一方の頼朝は、『義経が宗盛と組んで自分に反旗を翻すのでは』との不安を抱き、いかにして義経の力を削ぐか、策略をめぐらす。 |
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京へ向かう道中、とある寺へ立ち寄った義経は、数日前に平重衡も立ち寄っていたと聞き、宗盛と二人で昔を懐かしむ。 |
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その重衡は木津川にあり、護送してきた源氏方から南都の僧兵らに身柄を引き渡される。
かつて東大寺や興福寺を焼き討ちしたことの罪を問われた重衡は全てを認め、「いかなる罰をも受ける」と覚悟のほどを明かす。 |
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翌日、重衡は処刑のために寺の境内へと引き出される。そこへ、重衡を探し求めていた妻・輔子が訪ねて来る。
今生の別れを告げる機会を与えられた重衡は「自分の後を追ってはならぬ。寿命尽きるまで生きよ」と話し、噛み切った自分の髪を形見として輔子に手渡す。 |
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都入りを翌日に控えた宗盛は安堵の表情を見せ、「許されるならば仏門に入って平家一門の菩提を弔いたい」と、義経に話す。 |
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そんなところへ鎌倉からの使者・安達盛長が到着し、別室で面会した義経に『宗盛父子を処刑せよ』との頼朝の命令が伝えられる。 |
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もはや反乱の意志を持たぬ宗盛らの命を奪うことに義経は反対するが、盛長は頑として聞き入れない。そればかりか盛長は「この地にて討ち取れ」と迫り、義経は心ならずも命令に従う。 |
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頼朝の“非情”と“自分への不信”を痛感した義経は、ついに頼朝につき従うことを断念する。 |