第43回 「堀川夜討」(10月30日放送)

■ あらすじ箇条書き
義経に対する、頼朝の仕打ちはさらに厳しさを増していた。後白河法皇が義経に与えた伊予国に地頭を置き、自分の支配下にしてしまったのだ。唯一の所領を失った義経は、一層、追い詰められていく。
そんな頃、義経たちが暮らす堀川の屋敷周辺に、夜陰に紛れて内部の様子をうかがう不審な男たちの姿があった。その様子を見とがめた朱雀の翁は、烏丸に男たちの行く先をつきとめさせる。
話を聞いた弁慶は、男たちの一人が顔見知りの土佐坊昌俊だと気づく。昌俊が逗留している寺に出向いた弁慶は、昌俊の奥歯に物がはさまったような言葉やよそよそしい態度が気にかかる。
弁慶は喜三太や三郎らと打ち合わせ、義経に気づかれぬよう密かに不測の事態に備える。義経は郎党たちの様子がどことなくおかしいと気づくが、静に諭されて事態を見守る。
その夜、弁慶と忠信は昌俊の真意を質すために屋敷を離れる。残った喜三太、三郎、次郎、義久らが警戒を強める中、ついに昌俊率いる一団が夜襲をかける。
義経や郎党たちが激しく敵と斬り結ぶ中、妻の萌までもが長刀を手に襲撃者と対峙する。
急いで戻ってきた弁慶と忠信も戦列に加わり、形勢は義経たちに有利に傾く。そこへ、かねてから義経の周辺に目を光らせていた源行家が家来を引き連れて加勢に入り、昌俊たちは取り押さえられる。
昌俊は、鎌倉方の誰もが義経暗殺に手を挙げぬ中、褒美を得るために夜討ちをかけた、と話す。名前こそ明かさぬものの、この一件が頼朝の差し金であることは誰の目にも明白だった。
深く傷ついた義経は、頼朝に存念を示すために自らの手で昌俊を斬首し、さらに頼朝追討の院宣を法皇に願い出る。
義経と行家に院宣が下されたものの、義経らとともに頼朝追討に加わる武将は一人として現れない。頼朝率いる10万の軍勢を相手に戦うには、地の利を知り尽くした都で迎え撃つしかない。 ― 都を、そこに暮らす人々を戦に巻き込んでよいものか ― 義経は苦悩の末、京を離れることを決意する。

■ 前枠
0分40秒〜3分27秒 テーマ曲

■ 本編
3分30秒 九郎は平家「もっかんりょう」、、、
没官領:家族・土地・財産等、官に没収された平家の領地。
3分43秒 平三、そなたには都に上ってもらおう、、、
結局ドラマでは梶原景時が偵察に行ったことになってしまいましたが、
実際は、息子の梶原景季が行ったことになってます。

このドラマでは、義経と景季が、あまりにもフレンドリーな仲だったので、
偵察に行くのは不自然であると判断したのでしょうか?
4分37秒 地頭、、、
全国の荘園・公領に置かれ、土地の管理、租税の徴収、検断などの権限を持ちました。
地頭を置かれたことにより、伊予国の収入は義経にまわらなくなってしまいました。
6分14秒 このお屋敷を、、、
義経の屋敷です。
7分45秒 「とうりゅう」、、、
逗留:滞在。

このドラマでは、弁慶のみが噂を知り、義経に内緒で会いに行く設定になってますが、
義経記では、事前に噂を聞いた義経が弁慶に命じ、強引に連行、尋問したという説になってます。
8分41秒 渋谷様の「だいさん」、、、
×第三:三番目。
○代参:本人の代わりに参詣すること。
9分20秒 「かんたん」相照らす仲よ、、、
×簡単:物事が単純で、理解や扱いが容易であるさま。
○肝胆:きわめて親しくつきあうこと。
9分47秒 本宮の「ぐうじ」、玄丈殿に、、、
宮司: 神社に仕え、祭祀(さいし)・造営・庶務などをつかさどる者の長。
21分43秒 義経、ジャンプ!
助走なしで、後ろの赤い橋から推定5m。
22分30秒 「ごじょせい」つかまつる、、、
○御助勢:力を添えて援助すること。加勢。
×御助成:研究や事業が発展し完成するよう援助すること。
×御女性:(省略)
28分36秒 鎌倉殿は、、、
ここまでは、「鎌倉殿」です。
29分30秒 頼朝に、、、
そしてここからは「頼朝」と呼び捨てになります。
30分14秒 義経様は自らのお手で、、、
襲撃後土佐坊は、鞍馬に逃げ込むが捕らえられ、六条河原で義経に斬首されたという説もあります。
36分07秒 入っても「おおじ」を塞げば、、、
×王子(おうじ):王の息子。または東京都北区中部の地名。日本の製紙工業発祥の地。
○大路(おおじ):幅の広い道。
36分12秒 その上われらは「こうじ」にも、、、
×麹:米・麦・大豆などを蒸し、室の中にねかせてコウジカビを繁殖させたもの。
○小路:幅の狭い道。
39分01秒 およそ10万、、、
義経軍が勝つには、1人で333人以上倒すことがノルマとなります。

■ 後枠
義経紀行〜京都 下京区〜

若宮八幡宮への行き方

JR「京都」より市バス「烏丸六条」下車
地下鉄「五条」下車

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