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苦難の末ついに平泉へ到着した義経たちを、藤原秀衡は温かく迎え入れた。 |
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「新しき国」づくりの理想でもある清盛の屏風も届き、義経主従の奥州での暮らしが始まる。 |
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ある日訪れた吉次から、鎌倉の頼朝の前で静が舞ったと聞いた義経は、さらに静の出産のことも初めて知らされる。とっさに「女子が生まれた」と嘘をつく吉次だが、義経は生まれた男児は既に殺されたと察し、ひとり供養の経を上げるのだった。 |
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一方、義経の行き先が平泉だと考えた頼朝は、後白河法皇に院宣を出させ、秀衡に義経を差し出すよう迫る。 |
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しかし秀衡は、院宣に対しても義経の所在には触れず、「朝廷に異心なし」とだけ答えるのみ。義経が平泉にいると確信した頼朝は、今度は秀衡に、平泉から朝廷に献上する貢ぎ物を一旦鎌倉を経由して届けよと使者を送る。 |
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それは鎌倉の臣下に下ることを意味し、息子の国衡らは反対するが、秀衡は悠然と申し出を受けると言い放つ。 |
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自分のために秀衡が無理をしているのではないかと悩む義経に、秀衡は藤原家と源氏の宿怨について語り、頼朝はいずれ奥州に攻め入っただろうと言う。 |
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義経を自分の子の一人として守り抜く決意を見せる秀衡だったが、その年の秋、泰衡の四代目継承を宣言した宴の席で、突然倒れてしまう。 |
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秀衡は、息子たちに「義経を守れ」との遺言を残し最期をとげた。 |