| はじめての薩長同盟 |
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| 当サイトは、薩長同盟に至ったプロセスを比較的簡単な内容の会話形式で紹介する「シナリオ解説」、及び、少し踏み込みペリー来航から薩長同盟締結に至るまでの心のうちを探る「思想解説」の二段構えで、幕末の歴史を一気に加速させることとなった「薩長同盟」を解説していきます。 |
| 登場人物 |
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| 幕府・勝海舟 |
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| 土佐・中岡慎太郎 |
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| 土佐・坂本龍馬 |
薩摩・西郷隆盛 |
長州・桂小五郎 |
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幕末思想解説(尊王派、攘夷派、開国派、倒幕派、佐幕派の違いとは)
ペリーの来航により、諸国の大名や武士達は攘夷に目覚めました。
その時、自分たちと同じ攘夷を主張する「天皇」に賛同し尊ぶ(尊王)ようになっていきました。
一般にこれらの思想をあわせもった人を尊王攘夷派と呼んでいます。
しかし、単純に尊王攘夷派=開国派・倒幕派と考えてしまうのは間違っています。
長州も薩摩も幕府も新撰組も皆「尊王」であり、皆「攘夷」を目指す、尊王攘夷派だったのです。
幕末の争いは、攘夷を決行する手段を巡り起こったものなのです。
具体的には、
新撰組に代表される佐幕派(幕府派)は、幕府の力で攘夷を決行しようと考えていました。
勝海舟などは、一度開国し、外国から近代兵器を仕入れ力を蓄えた後、攘夷を決行しようと考えていました。
長州藩は、下表のように変化していきました。
| ステップ1 |
尊王攘夷反幕府派 |
当初は幕府の弱腰姿勢を非難するだけで、倒幕までは考えていませんでした。 |
| ステップ2 |
尊王攘夷倒幕派 |
桜田門外の変、公武合体を経て、反幕府派は「もう幕府には任せておけない」という倒幕思想に変化していきます。さらに単独で攘夷決行に踏み切りイギリスに攻撃を仕掛けました。 |
| ステップ3 |
尊王開国倒幕派 |
イギリスに猛反撃(馬関戦争)され惨敗した長州藩は、「現状の力では外国に太刀打ちできない」ことを実感。攘夷一辺倒の考えを捨て、外国から近代兵器を仕入れはじめます。 |
薩摩藩は、当初佐幕派でしたが、やがて幕府に対して不信感を持つようになってきました。
そして、それを絶妙のタイミングで長州藩と結びつけたのが坂本龍馬と中岡慎太郎だったのです。
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