1.薄れる近藤の攘夷思想
伊東の問いに尊王攘夷を確認した近藤だったが、この江戸滞在中にその思想をくつがえす出来事がありました。
将軍家の医師を務める松本良順との出会いです。
近藤は、松本に対し、
「外国には注意が必要なのにも関わらず、なぜ、あなたは積極的に外国との接触をもつのか」
という質問をしました。
それに対し松本は、西洋の事情や文明が優秀なことを順々に詳しく説明しました。
そして近藤は、
「今日のあなたの説明で、長年、私の心にわだかまっていた疑念が解けました」
と礼を述べました。
近藤が攘夷の無意味を悟ったことは、同時に尊王攘夷集団としての新撰組の本旨を失ったことになります。
ただし、「尊王」は否定していません。
近藤は「公武一和」を掲げ国難を乗り切ろうとする会津藩のもと、その最前線で働くことを決心するのでした。 |
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2.近藤勇、京都に向け江戸を出発
伊東入隊の条件に尊王攘夷を約束しておきながら、その直後、攘夷の無意味さを知り、尊王佐幕集団としての道を選んだ近藤・新撰組。
近藤は、伊東甲子太郎ら江戸で募集した新隊士20数人とともに京都に向け江戸を発ちました。
※ちなみに新隊士の半数は伊東が推挙したメンバーでした。 |
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