| ポイント箇条書き |
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頼朝の怒りを知った義経は、頼朝を裏切る気持ちなどないと誓う弁明書を鎌倉に送る。しかし、頼朝は、今まで報告を怠っておきながら、こんな時だけ、しかもたった一通の弁明書で解決できると考えている義経に対し、さらに怒りを強める。 |
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文書が鎌倉に届いたその日、義経は、平氏一族の長である平宗盛(鶴見辰吾)を護送し鎌倉に向かう。義経は、鎌倉に着くことには誤解は解けており、功績を褒めてくれると期待していた。 |
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義経は、まもなく鎌倉に入ると頼朝に使者を走らせたが、頼朝の返事は「まだ鎌倉に入ってはならぬ。しばらくその辺で待機するように」というものだった。義経は、頼朝の怒りが本物であることを痛感する。
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義経は、鎌倉の一歩手前の腰越で待機したが、いつまでたっても返事がなかったため、もはや修復不能と判断。そこで一通の書状をしたため頼朝に差し出した。これが有名な「腰越状」である。 |
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