| ポイント箇条書き |
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頼朝の忠告をかたくなに拒んできた藤原泰衡のもとに、頼朝が奥州への出陣を計画しているとの知らせが入る。 |
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このままでは、奥州藤原氏が滅びてしまう。そう考えた泰衡についに義経を裏切った。 |
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泰衡は、数百騎を従え衣川の館にいた義経を襲った。義経は家来たちと防戦したが、防ぎきれず、持仏堂に入り静かに法華経を読みはじめた。 |
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その間、一人敵に立ち向かった弁慶には無数の矢が刺さっているにもかかわらず仁王立ちしていた。若武者が馬で傍らを駆けると、弁慶は既に死んでおり、馬にぶつり倒れた。いわゆる「弁慶の立ち往生」である。 |
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法華経を読み終えた義経は、自害。31歳の若さだった。 |
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その後、頼朝に攻められた泰衡は、平泉の町に火を放ち、奥州藤原氏は築き上げた栄華とともに滅亡した。
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こうして、天下を統一した頼朝は、1192年、征夷大将軍となり、鎌倉幕府を開きました。
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